最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)853号 判決 1965年12月23日
上告人
湯徳水
右訴訟代理人
小島成一
上条貞夫
被上告人法務大臣
石井光次郎
被上告人
東京入国管理事務所主任審査官
猿渡孝
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人小島成一、同上条貞夫の上告理由第一点について。
論旨は、上告人が本邦入国後、中華民国政府の発給した有効な護照(旅券)を所持するにいたつたにもかかわらず、原判決が上告人の本邦在留の不法性は治癒されないとした判断は、外国人登録法附則四項の解釈を誤り、また国際信義に反し違憲であるというのである。
しかし、一般に出入国に関する事務は国際法上国内事項とされていて、外国人の入国にいかなる条件を課するかは、いつにその国の立法政策にまかされているところ、わが国の出入国に関する法令によれば、外国人が本邦に上陸するためには、例外の場合を除き、その国の発給した有効な旅券で日本国領事官等の査証を受けたものを所持しなければならない(出入国管理令六条一項本文参照)、もつとも、台湾人のうち、昭和二〇年九月二日以前から本邦に居住し対日平和条約発効の日まで引き続き在留していた者、または昭和二〇年九月三日以後本邦に適法に入国して引き続き在留しかつ外国人登録令に基づく外国人登録証明書を所持する者については、右に対する例外的取扱いがなされることとなつている(ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律二条参照)。しかるに、原判決およびその是認、引用する第一審判決が適法に確定したところによれば、上告人の所持する護照は、日本国領事官等の査証を受けたものでないというのであり、また前記出入国管理令六条一項の例外に該当するものであることは、原審において主張、判断がなされていない。かつ上告人が昭和二三年九月頃外国人登録令三条の規定に違反し連合国最高司令官の承認を受けないで日本国に入国したことは、上告人の認めているところであるから、上告人につき前記法律二条の規定による例外的取扱いのなされる余地のないことも明らかである。
それ故、原判決には所論の違法はなく、また、原判決には、所論のように国際信義に反する点は認められず、違憲の主張は前提を欠くものである。所論は採るを得ない。
同第二点について。
論旨は、中華民国代表部が在外台僑国籍処理弁法に基づいて発給した有効な華僑臨時登記証を所持していた者の日本国在留は適法であると主張し、これを前提として、上告人が自己の所持していた華僑臨時登記証の有効であることを立証するため調査嘱託の申請をしたにもかかわらず、原判決がこれを却下して上告人の日本国在留を不適法であると判断したことには、審理不尽の違法がある、という。
しかし、上告人の所持している華僑臨時登記証が所論のごとく有効なものであり、また日本国政府において、右臨時登記証の所持者が中華民国の国籍を有するものであるかどうかを査照したことはあるとしても、その者の入国が適法であるかどうかを審査する意味における旅券のいわゆる査証は、個別的にはもとより一般的にも、これを行なつた事実のないことは、原判決およびその是認、引用する第一審判決の適法に確定するところである。それ故、右臨時登記証の交付を受けたからといつてその一事をもつてその者の日本国在留が適法となるわけのものでない。されば、原判決の判断は正当であり、その間に所論の違法はなく、所論は採るを得ない。
同第三点について。
論旨は、原判決が日本国政府において上告人に対し二度にわたり再入国を許可し、そのうち一度は上告人が現実に出国して再入国した出入国審査官において上告人の護照(旅券)に上陸許可の証印を与えた事実を認めながら、なお上告人の日本国在留を不適法と判断したことが、外国人登録法附則四項の解釈を誤つたものである、という。
しかし、再入国の許可は、本邦に在留する外国人に対し、さきの在留条件のままで再入国することを認めるという処分に過ぎず、その者に新たな在留資格を付与するものではない(出入国管理令二六条、六条一項但書、九条三項但書参照)。そして、上告人が連合国最高司令官の許可を受けないで本邦に入国したことは、当事者間に争いのないところである。従つて、上告人において、所論のごとく、再入国の許可を受けまた現に再入国に際し入国審査官から護照に上陸の証印を受けたとしても、これによりあらためて在留資格を取得するものでないことは、原判決およびその是認、引用する第一審判決の説示するとおりである。それ故、原判決には所論の違法は認められず、所詮は採るを得ない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠)